はじめに
ベラネックの「Acoustics」から50年、オルソンが著書「Music, Physics and
Engineering」を記して以来35年、電気音響再生の技術は次々と音響製品を生み出し、天文学的な数の機器が普及しています。しかしその基本的性能と言える「音の良さ」「忠実度」に関しては遅々たる進歩であり、最新のスピーカーやアンプが20年、30年前の機器よりすぐれているとは言えません。
コンピューターや自動車を例に上げるまでもなく、他のエンジニアリングでは考えられないことです。
また理論・技術の基になっている高調波歪特性や周波数特性が音の良さと相関関係にあると言う考えにも疑問があります(図1)。
昔の0.1%歪みのアンプ(当時0.1%の低歪みを誇ってポイントワンとネーミングされたアンプの会社ができました)と、現在の0.001%歪みのアンプとではどちらの音が良いか、と言う問いかけに対して、明確に答えることはできません。聴いてみないと何とも言えない、というのが実情です。
電気音響再生の世界では100倍も違うのに、結果に差がほとんど現れない、と言うパラメーターを頼りに長年研究開発を進めてきたのです。エンジン出力が100倍違って加速も速度もほとんど変わらないと言うことはありえません。
周波数特性についても同様で数多くの疑問点がありますが、ここでは割愛させていただきます。
図1 ひずみと音の良さとの相関関係 | 写真1 国立歌劇場(ウィーン) |
開発の背景
80年、ヨーロッパで評判のホールで本場の音楽を聴いたとき、いままで味わったことのないほどの感動を覚えました。音楽に興味の無かった人たちも感動していることが分かります。音楽の素晴らしさが初めて分かりました(写真1)。曲、演奏以外に音の良さが音楽の感動の必要条件と言ってよいほどの重要要素であることを知りました。
この圧倒的な感動を時間空間を隔てた自宅で得たい、多くの人たちに感動を知っていただきたい、そしてそれらを何とか電気音響再生システムで再生したい、との願いから研究開発が始まりました。
タイムドメイン理論とは
音楽の感動を伝えるには、またアーティスト(音楽家)の心まで伝えるには何が必要でしょうか。それには何も加えず、欠落させずに、音源からの音を100%引き出し、ありのままに伝えることが必要であると考えました。音楽家が選んだ楽器の音色、長年努力して得た演奏。これらの全てを再生しなければならないと考えました。従来、媒体にはそこまでの音は入っていないと思われていましたし、むしろオーディオ的な快さを求める傾向もありました。そのような中で新たな研究を始め、音、音楽の超忠実度再生のために理論の見直しから始めました。
従来のオーディオは主としてフレケンシードメイン(=周波数領域。以下Fドメイン)で考えています。音の波形は正弦波の集合で表すことができますから、すべての正弦波(20Hzから20kHzが聞えるとされています)を正しく再生すればよいという考えです。数学的(フーリエ変換)にも、また測定器を使って解析しても正弦波成分に分析できるので、音を正弦波成分の集まりと考えてしまいますが、正弦波の集まりとして表せると言うことと、正弦波の集まりでできていると言うことは違います。
図2上段のトーンバースト波形をフーリエ変換すると中段にある各正弦波成分に分けられます。これを再び足して合わせて見ると下段の波形になります。少し違って見えますが無限の周波数まで足すと完全に元通りになるはずです。
左半分の成分を全て足せば無音部と成りますし右半分を合計すると8波の正弦波となります。
言い方を変えると、音がする部分もしない部分も同じ成分で構成されているということになります。変な話です。
タイムドメインオーディオでは時間領域で考えます。音はもともと空気の圧力が時間とともに変化するのが耳に認識されるものです。
これを忠実に再生すると言うことは音圧波形を忠実に、と言うことになります。
先程のトーンバースト波を例にすれば左半分は無音で波形も成分もありませんから、何も無しであればいいのです。右半分は8波の正弦波波形を忠実に再生すればいいのです。
要約しますと、従来のFドメインの考えでは周波数成分を忠実に再生しようとするのに対し、タイムドメインの考えでは音の形を正しく再生するということです。
タイムドメイン理論は音に関するもの全てに適用でき、また全てのものに適用したいと考えていますが、今回の一連の製品はアンプとスピーカーですので、特にスピーカーに限って説明することにします。
図2 周波数だけを考えると |
従来のスピーカー構造
典型的な従来のスピーカーシステムは、四角い木の箱と、それに組み付けられたウーファー、スコーカー、ツィーターのスピーカーユニット、そしてアンプからの信号を低音、中音、高音の各周波数成分に分けるディバイディングネットワークから構成されています。
ところが、この構成では原理的に元の音にはなりません。信号成分は計算上、あるいは電気的には合成できても音響的にはできないからです。
一例をあげれば、逆相で同レベルの音を加えると計算上や電気回路上では0になりますが、音響的には2つのスピーカーユニットから逆相の音が聞こえるだけです。
またFドメインでは多くの事象をFドメインの基本要素である正弦波で考えます。自然界には正弦波のような単純に繰り返す連続音の様な音は存在しませんので、これで考えると多くの間違いをおかします。
図3は従来型のスピーカーシステムに正弦波を入力した概念図です。周波数を1kHzとしますと、ツィーターからもウーファーからも、レベルや位相が異なっていても、それぞれから1kHzが放射されます。箱も1kHzで加振されますので、多少高調波成分が増えたとしても箱を構成するパネルからも1kHzが放射されます。
測定しても耳で聴いてもきれいな1kHzのはずです。理論的にもレベルや位相の異なる正弦波をいくら加えてもきれいな1kHzになるからです。
図4は同じシステムに実音の性質を持っているインパルス信号を入力したときの概念図です。
ツィーターからもウーファーからもインパルス応答波が出ますがこれは正弦波のようにうまく合成はできません。ユニットが多くなった場合はなおさらです。
箱もインパルスで加振されますが信号が無くなったあとも振動は続きます。しかもこれは元の信号と関係のない音です。信号が無くなった時点で元の信号と関係のない音、これを歪みと考えると歪みは無限大と言うことになります。
図3 正弦波再生モデル | 図4 インパルス再生モデル |
タイムドメイン理論によるスピーカー
図5にダイナミックスピーカーの基本を示します。信号電流に従って磁気回路の中に設けられたボイスコイルに力が発生し、それにつながったコーン紙が音の形に従って振動し音を空間に伝えます。
(仮想グランド)
正確にコーン紙を動かすためには基準静止点となる磁気回路が動いてはなりません。従来方式では磁気回路はフレームを介してスピーカーボックスのパネルに固定されております。しかしボックスやフレームは常に振動していますので静止点とは言えません。それを基準とするコーン紙からの音はピュアーではありません(図6)。
理論的には磁気回路をグランドに固定すれば理想ですが、大地も大地とユニットを結合するコンロッドも振動しますから実現できません。
タイムドメイン方式では磁気回路は仮想グランドに固定されています(図7)。仮想グランドは振動系に対して1000倍以上の慣性質量を持つ金属シャフトです。これは振動を伝えないゲル状物質で空間に支持されていますので、理想的なグランド、基準静止点と言えます。
図5 ダイナミックスピーカーの概念図 | 図6 従来型スピーカーの概念図 |
(小口径シングルユニット)
音圧波形を正確に再生するためには、必然的に小口径のシングルユニットとなります。従来の様に多くのユニットから出る音波は合成しても元の音の形にはなりません。また口径が大きいと振動板が分割振動しますし、重くなって正確な動きは望めません。
ちなみにパイプ型Yoshii9の振動板の径は5.5センチ、振動系の質量は1.4グラムで20センチクラスユニットの10分の1以下です。車重が10倍ではエンジンやブレーキをいくら強力にしても機敏な動きが望めないのと同様です。
(筒型)
従来の箱形エンクロージャーはパネルで構成されていますので箱固有の剛体振動があります。これはいくら補強しても止まりません。そこから発生する不要輻射が音を濁らせていることは先に述べた通りです。
それに対しタイムドメイン方式ではエンクロージャーは卵型や筒型になります。 ユニークな形状ですがこれらの形が強固なことはご存じの通りです。また不要輻射が発生したとしても、リスナーに到達する部分はごくわずかです。
タイムドメイン方式の代表的な例として筒型のYoshii9についてもう少しくわしく説明しましょう。
筒はエンクロージャーと言うよりも車の排気管に似た性質をもつ持つので整流筒とでも呼ぶのが適当かも知れません。
この筒は支持体として仮想グランドと一体化されたユニットを支えていますが、ユニットとはゲルで遮断されているのでどちら方向にも振動は伝わりません。
筒の材料はアルミ、表面をホーニングで硬化したあとで硬質アルマイト処理。構造体としてのパイプ形状の剛性の高さと相まって内部音圧で振動することはありません。 ユニット後面からの圧力波はパイプに従って吸音材で減衰しながら下端に抜けます。 従来方式のボックスの中では箱内の定在波や構造体での回折や反射、吸音材の影響で汚い音が充満しています。箱内にマイクやパイプを突っ込んで音を聴いてみれば驚きます。この望ましくない音がユニットの振動板(紙や樹脂製)を通じてリスナーに達しているのです。箱内に発音体を置いて外から聴いてみると振動板を通してその音が良く聞こえます。振動板に遮音効果はほとんどないということがわかります。
Yoshii9ではフレーム形状やパイプとの結合を考慮してユニット振動板後面からの圧力波がスムーズに流れるようにしているので、背面音も良く、その音も前面へ出てくることはありません。
結果として音はリアルになり、従来聞こえなかった微少な音が聞こえ、音の微妙な表情が聞き取れるように成ります。
従来のエンクロージャにスピーカーユニットをマウントするとボックスの空気ばねが加わりますので最低共振周波数(f0)はユニット固有の値より高くなります。
タイムドメインのパイプでは、筒内の空気が低域では振動板と一体となってピストン運動しますので振動系重量に空気質量が付加されたことになり、f0はユニットの固有値より低くなります。また筒内を流れる空気の流れに制動がかかる事と相まって他には無い優れた低域表現力を持ちます。
図7 タイムドメイン型スピーカーの概念図 |
(時間的歪み・崩壊)
このように再生能力や表現力が格段と向上するとアンプにも同様の性能が要求されます。従来のFドメインの考え方の歪み、すなわち直線歪み(周波数特性)や非直線歪み(高調波歪みなど)は補正補償ができますが、タイムドメインで言う時間歪みは補正も補償もできません。
元に戻せないということからも歪みというより、拡散、崩壊、喪失と言う言葉が適当でしょう。エントロピーの増加です。
エントロピーの増加はアンプの至る所で生じます。その多くは電気系よりも電気-機械系で生じます。従来のアンプで聴くと本来聞こえるはずの多くの音が無くなっているのに気付きます。また全ての音が鈍った印象を受けます。
Yoshii9のアンプはエントロピーの増加をミニマムにすることに徹しておりますが、これについては別の機会に述べたいと思います。
タイムドメイン理論によるシステムの音
タイムドメイン理論によるシステムは、これまでオンキヨーから発売されたオールホーン型であるGS-1(写真2)、富士通製パソコンにバンドルされたタマゴ型、富士通テンより発売されたタマゴ型(写真3)、当社より発売されたタマゴ型のTIMEDOMAIN
mini(写真4)あるいは当社より発売されたチューブ型のYoshii9(写真5)と形だけを見ると全然違う方式に見えますが、出てくる音はいずれも自然です。
リアルな音像と音場が再現でき、微細な音まで再生できるので、雰囲気まで再現されます。
それに加え音の形を再生していますので音が崩れ難く、雑音の中でも聞き取りやすく、また音が遠くまで届きます。
いずれの時代の録音でも、どんな媒体でも、音は入っていたのに再生できなかっただけで、我々はそれを録音と媒体・再生機器の限界と思っていただけだと言うことが分かるはずです。音の特徴については表1にまとめておきました。
写真2 GS-1(オンキヨー製) | 写真3 ECLIPSE TD512シリーズ(富士通テン製) |
写真4 TIMEDOMAIN mini(タイムドメイン製) | 写真5 Yoshii9(タイムドメイン製) |
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表1 タイムドメインシステムの音の特徴 |
今後の展開(商品戦略など)
音楽演奏の微妙な表情までリアルに実在感を持って伝え得ることから音楽家はもちろん、今まで音やオーディオ、音楽に縁が無かった人達にも歓迎されております。感動を世界の人に、が我々の望みです。タイムドメイン理論は音に関するもの全てのものに適用できますので、良い音と感動の世界を拡げていきたいと願っております。